拝啓 東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
また、被災された方々に少しでも早く平穏な日々が訪れることを願ってやみません。
「支援」編集委員一同
******
はからずもこの言葉が飛び交う時期に発刊となったことに強いプレッシャーと責任を感じています。地震と被害の規模は、私の想像を超えていて、何かをしなくてはならない、でも何もできないという思いで頭の中がぐしゃぐしゃになってしまいました。
けれども、押し寄せてくる情報に圧倒されながら考え続けていく中で、これからものを考え、「支援」を実践し続けていくための手がかりは、これまでの日常の中での人が人を支える営みや、そこから私が学んできたことの中にしかないのではないか、というところに突き当たりました。大きな困難に対する「勇ましい言葉」ではないかもしれませんが、そんな支援の日常を大事に守り育て、そして、未来へとつないでいけるような雑誌を創っていけたらと考えています。
発刊は年に一度ですが、雑誌自体は常に動き続けています。この『支援』という場を通して多くの人たちと歩みをともにすることができれば、という願いをこめて。(井口高志)
──
被災地から離れた東京でも、障害当事者たちの生活をいかに(広げずとも)狭めず、回すかに追われる日常が続いています。一方でテレビを見続けるだけでPTSDになりそうな現実に対して彼らの揺るぎない〈日常〉とそれを維持するための支援は癒しであり、踏みとどまる力の源でもあります。
このような時期に「支援」という吊を冠した雑誌を創刊することの、その意味と責任を噛みしめつつ、だからこそ、私たちがこれまでやってきたこと/考えてきたことの現在進行形と、これからやりたい/考えたいことの未来形が詰まったこの雑誌をお届したいと思います。(岡部耕典)
──
被災地と吊ざされる地域で、かつてお世話になった方々のお顔が次々と浮かび、ざわざわとした心もちで、ただ祈りながら過ごしています。
一方で、今こそ「支援」や「当事者」の意味が問われる時はないとも感じています。上安と共に、何か自分にできることはないか、とやはりざわざわとした感触を共有している人たちがいることに、希望を感じます。
この新たな雑誌が、新たなつながりを生みだし、また新たな「支援」につながっていくことを願いつつ、今自分にできることを問い、行いつづけていきたいと思います。(土屋葉)
──
私は中学、高校の多感な時期を仙台ですごしました。東北の被害状況と被災され避難生活をされている方々のニュースを目の当たりにして、クラスメイトやお世話になった先生方のご無事をただただ祈るしかありません。
そして、今回の地震と津波の被害をきっかけに起こった原発の状況と被ばくされ避難をよぎなくされる人たちのことを思うと、広島出身の父と母や親族が被ばく体験者である私には、悲しくてやりきれません。
今の状況を必死に生き抜いている方々、生き抜くことしかできない方々が、ほっと息が抜ける時間と場が、一刻も早く、おとずれることを心から願います。そして、私も、今この時に、そしてこれから、私自身で何ができるのか、考え抜き、行い抜きたいと思います。(出口泰靖)
──
失われる「生」、救われる「生」、救うために懸けられる「生」が交錯する只中にあって、それをひとまず「外」から眺めることしかできない自分を省みながら、「支援」について研究者として何が言えるのかを問い返す日々です。まだ答えは出ません。この想いを切り捨てず、棚上げにせず、言葉にすることを諦めずに仕事をしていきたいと思います。そして、言葉にするための努力の足跡を確かに残していける、そのような雑誌でありたいと思います。(星加良司)
──
このような時期に、このようなタイトルの雑誌を出すことに、重い責任を感じております。日々を生きること、人を支えるための支援は、きっとどのような状況であっても、根底に流れるものは同じなのだろうと思います。一人でも多くの人が、自分なりに人とかかわり、自分なりに生きていく、そんな当たり前の風景を目指したい。そこへ向けて、少しでも実りのある議論がなされるよう、この雑誌が貢献できればと願っております。今後ともなにとぞよろしくお願い申し上げます。(三井さよ)
──
連日の報道から、被災地に思いを寄せ心を痛めておられる方も多くいらっしゃることと思います。
「生」がこんなに強く心に刺さるとは。
その「生」のありようを言葉にしようとすることが、どれほどに重い取り組みなのか。
私は東京にいながら、そのようなことを考えずにはいられません。
今まさにこの時に、被災地で歯を食いしばって支援にあたられている人々、生きることに懸命の力を注ぐ多くの人々がいます。どうか御無事でと強く願いつつ、同時に、この雑誌『支援』が、そして私ができることは何かを考え行動したいと思います。(山下幸子)
******
私事になります。小さな版元を二人で業としている私と彼女にとっては福島・伊達市と岩手・山田町がそれぞれの故郷であり、岩手では縁者に亡くなられた方もおり、彼女の実家も海にさらわれました。福島の実家は残ったものの、そこでこれまで通りの暮らしを回復させるには極めて困難な状況になっています。
2年越しで進めてきた、この雑誌『支援』が、こうした中で世に出されること。それは、それでも私たちの日々は続いていくし、続けさせていくということであり、この刊行が自分自身への「支援」になっていることにも気付きます。
そして、多くのより厳しい状況を生きるみなさんの、「生きる」営みと、それを回し拡げる「支援」へと、この雑誌がゆっくりじわじわつながっていければいいなと思っています。(生活書院・高橋淳)